鵬雲斎大宗匠 赤平茶碗 楽弘入 竹内栖鳳 鷺画 茶道具 からき

抹茶茶碗は抹茶を飲むために作られた専門の茶碗です
稽古用抹茶茶碗。家元書付抹茶茶碗 茶味のある良い茶碗を提供致します。

茶道具 通販買取京都からき

当店の検索

 茶道具からき
或は

 chadougu
 

からき 楽吉左衛門 赤平茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗

 抹茶茶碗の見どころ   

①抹茶茶碗の形
   天目形 井戸形 熊川形 杉形 胴締形 筒形 半筒形 碗形 輪形 馬盥形 馬上杯形 沓形(織部)
②抹茶茶碗の窯 産地 作家
   唐物 国焼 高麗 島焼 作家物
③ 抹茶茶碗の各部分
   全体の形
   口作 
    平ら 山 玉縁 沓
   胴形
   高台の作
    土見せ かいらぎ 
    形 三ケ月 竹の節 割 桜 四方 一重 二重 撥 切 碁筒底 目跡
   見込の形目跡
   釉薬の焼きあがり状態
④ 抹茶茶碗の茶碗の付属品
   箱 共箱 書付の有無 銘 抹茶碗の歴史 次第とも云う 持ち主の書付など

 

 抹茶茶碗の選び方

① 濃茶 薄茶による抹茶碗 抹茶碗選び
    お茶の中心はお客様に濃茶をさし上げることかと思います
    濃茶茶碗 
      楽茶碗 和物古窯の茶碗
       (唐津茶碗 萩茶碗 志野茶碗 瀬戸茶碗 織部茶碗 信楽茶碗 高取茶碗等)
      唐物朝鮮茶碗   
       (井戸茶碗 三島茶碗 蕎麦茶碗 斗戸屋茶碗 御本茶碗 高麗茶碗
        刷毛目茶碗、粉引茶碗堅手茶碗 熊川茶碗 伊羅保茶碗 呉器茶碗
        御所丸茶碗 薄茶茶碗
        仁清茶碗 京焼色絵茶碗 薩摩茶碗 
② お客様の人数(茶席の大きさ)による抹茶碗 抹茶碗選び
    大寄
      大き目の茶碗  濃茶等持ち廻しの場合に5人分程度練れると都合が良い
    小間
      普通の大きさの茶碗
    茶籠
      籠に合せたぴったりの大きさの茶碗 なかなか至難です
③ 季節による抹茶茶碗の選び方
    正月
      お目出度い茶碗 島台茶碗
    冬
      筒茶碗 深い茶碗
    夏
      平茶碗 浅くて口の広い茶碗 ガラスの茶道 茶碗
④ 席の主題による抹茶碗 抹茶茶碗の選び
    銘 絵柄 などにより ふさわしい茶碗
⑤ 格式を重んずる抹茶茶碗
    神仏あるいは 貴人にさし上げる茶道 茶碗 茶碗
    唐物茶碗
      天目茶碗
⑥ 正客、次客などそれぞれの抹茶茶碗を使う場合
    茶碗の種類を替えたり絵柄を替えて使う
    大寄せ 数茶碗の使用を考える
⑦ 時代を合せた抹茶茶碗選び
    道具全体をほぼ同時代に合わせる  金銭的にむずかしいですね
    1点のみ目玉道具として使う 可能性ありですかね 
     
以上を総合的に考え 懐と相談し決めてまいります  
HOME   茶道具紹介  裏千家 抹茶碗  ギャラリー 販売方針 買物方法 特定商取引  買取  委託  オークション  お問合
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗

 抹茶茶碗とは抹茶を飲む為に造られた抹茶専門の茶碗です

抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
茶道具からき、抹茶茶碗のページです

茶道具の状態、価格、購入方法等
電話、FAX、メールでお問合ください 

価格は 裏千家 または 抹茶茶碗
京都市中京区二条通柳馬場
 東入晴明町661-403

電話 075-634-4772

FAX 075-634-4782 
ギャラリーを大丸京都店近くに設けてます
茶道具をご覧になる場合ご連絡頂ければご案内いたします  
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗

抹茶茶碗 鵬雲斎大宗匠、楽吉左衛門作の赤平茶碗です。京都画壇、竹内栖鳳画伯の白鷺絵。

 側面に京都画壇の重鎮 竹内栖鳳 画伯の筆になる白鷺の絵が描かれています
作者 弘入共箱の蓋裏に栖鳳の落款 別に裏千家大宗匠若いころの極書箱が添っています
鷺は夏の季語 初夏~夏茶碗としてお使いください。

抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗
抹茶茶碗 茶道具からき 楽茶碗

ページの上へ

 抹茶茶碗とは何かの考察

抹茶を飲もうとすると誰でも抹茶茶碗を思い描くと思います。
不思議とご飯茶碗と混同する日本人は少ないでしょう。 何故なんでしょうか、子供の頃からテレビドラマなどで、なんとなくその形、色合い、を朧けながら記憶の中に残っているからではないでしょうか。
そう考えると日本人は基本的な抹茶茶碗は抹茶を飲む器として丼、ご飯茶碗との違いを理解していると思われます。
用の美
この言葉は民芸運動の先駆者 柳宗悦  と記憶してますが、茶渡来の鎌倉、室町時代は唐物茶碗といわれる天目茶碗でした。室町時代の末期に侘び茶を創始した武野紹鴎、侘びと粗相が出会い、侘びにぴったりの朝鮮茶碗がもてはやされます。
朝鮮茶碗は日本の丼のようなものが多く、そのママでは抹茶茶碗には向かない大きさですが、その色形にテライがなく紹鴎はその中から手持ちが良く、重さも見た目としっくり合う小型の茶碗を取り上げ、侘び茶の茶碗として使い始めました。
紹鴎の侘び茶に心ひかれる千利休は紹鴎亡き後侘び茶を禅と結びつけ茶道として集大成しました。
茶碗も長次郎と茶を飲むだけの茶碗、楽茶碗を造りだします。
また、秀吉の朝鮮出兵は焼物戦争と呼ばれるように、多くの朝鮮人陶工を日本に連れ帰って各地に朝鮮茶碗が造られるようになります。
利休の弟子、古田織部は利休とは異なる、異端の美といえる変形茶碗、茶碗に幾何学模様を入れた茶碗、江戸初期には野々村仁清色絵の茶碗を世に出し、その後、町民も茶道を楽しむようになると京都に抹茶茶碗の工房が多く造られ今日に及んでいます。